ゴロワ隊長です。 バイクとシトロエン・エグザンティアを中心とした、バイクと車のブログ  たまには映画やカメラや食べ物のことも書きます  感じたことを何でもコメント書き込んでくださいね!!


by gauloi_taichou
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

私のヘンタイグルマ遍歴

齢三歳にして車の名前を覚え始め、幼稚園年少の頃には、街中を走る車(商用車含む)の名前をすべて言い中てたという神童(笑)だった私は、クルマにしかキョーミのない極めてヘンクツなコドモだった(笑)。この頃からクルマに対するヘンタイぶりが窺える(笑)。

おもちゃもすべてクルマ。幼稚園のお絵かきでもクルマの絵しか描かないので、母親が心配して絵画教室に通わされたりした(笑)。自由にクルマが描けないのが嫌で仕方が無かった。それが原因で絵を描くのは嫌いになったが、相変わらずクルマの絵は描いていた。

e0122501_15581785.jpg
その絵というのは1930年代のイタリアの名車『Lancia Lambda ランチア・ラムダ』ばかりであった.。

ちなみにラムダとは←こんなクルマ。このカタチが好きでねぇ。描く絵では、カロッツェリア気取りで、これにいろんなボディを艤装したりしてた(笑) カブリオレやクーペやベルリンはもちろん、パネルヴァンとか六輪トラックとかクローラ仕様(爆)とか…  
なんちゅーガキだっとのかと(爆)。


小学校4年生頃までは、東京の新宿区戸山町に住んでいた。
近くに明治通りがあり、外車を扱うディーラー(松田自動車?)なども多かったので、学校が終わると友達からの誘いもおっぽり出して、カーウォッチングに勤しんでいた。また、早稲田大学の自動車部も近くにあったので、三日と空けず(笑)に通っていた。ここで旧いパッカードキャディラックビュイックオールズモビルなどを覚えたものだ。もうこの頃には、いっぱしのカーマニアを気取り、国産車のスペックを諳んじていたり、排気音だけで車種を言い中てるなど、大人も舌を巻くほどだったという。同年代の子供とは噛み合わない、まったくかわいくねぇガキだった(笑)。
この頃は、英国レズニー社のミニカーマッチボックスにもコっていた。友人はトミカを集めていたが、私はマッチボックス派だった。外車好きになったのも、この辺が影響しているかもしれない。このミニカーはいまだに所有している。


ある日、明治通りでいつものようにカーウォッチングをしていると、それまで見たこともない素敵な車が通り過ぎるのを目撃した。
濃い紺色でウィンドウサッシュのクローム(ステンレス?)が綺麗だった。当時の丸っこい国産車の群れの中ではまったく異色の存在だった。衝撃で、しばらくその場に口をポカンとあけて立ち尽くしてしまったほどだった。

e0122501_161113.jpg
後にスーパーカーブームに沸きかえっていたころ、たまたま見かけた洋書に、かつて明治通りで見かけたあの綺麗なセダンが載っていた。それが『ランチア・フラミニア』であったことが判明して、思わず「あ~、これだったんだ~!!」と叫んでしまった(笑)。


ちなみにフラミニアとはこんなクルマ。あまりの美しさに、本当に衝撃を受けたクルマだった。今考えると、スゴイ刷り込みだったな(笑)





新宿という場所柄だったと思うが、いつも身近にクルマが沢山居た。前述したように、外車のディーラーや早稲田の自動車部が近くにあったり、腹を壊すと連れて行かれたお医者さんには、ヒルマン・ミンクスがあったり、幌をおろしたMG-TDを見かけたり、車高を下げたサンダーバードが、テールパイプを地面に擦りつけて火花を散らしながら走るのを目撃したり、ナメクジのようなシトロエンDSが走り去るのを見送ったりと、クルマ好きになるにはいい環境だった思う。


そんな私も、高校生になって原付免許を取得すると、一気にバイクにのめり込んだ。クルマの免許を取ったのは21歳になってからだった。


免許を取って最初に乗ったのは…



父親のスズキフロンテ7-S。リヤエンジン2ストローク3気筒550ccのヤツだった。後にカローラAE70も増車し、我が家は2台体制になった。
e0122501_16224742.jpg
7-Sはその後売却してしまい、バイトでお金を貯めて、自分専用にアルファロメオ1300jr(RHD)を購入。コンパクトでスタイリッシュで素敵なクルマだったが、錆に弱くて助手席の足元に穴が開いていた(笑)。ある日エンジンブローをさせてしまい、それを機に1600エンジンに載せ換えて電装の配線を引き直して貰ったが、どこをどう間違えたのか、配線から発火して全焼してしまった(泣)。賠償金でMini MarkⅠに乗り換えた。アーモンドグリーンで白いルーフが可愛かった。ペダルの大きさが切手大なのが笑えた。
e0122501_16254313.jpg
ミニではオーナーズクラブに入ったりしたが、英国車にはイジり方の文法があるらしく、色々ウルサいこと言われて、嫌になって降りてしまった。(エアホーンを装着したのを指摘された)

その後、埼玉の親元を離れ、神奈川に引っ越した前後は、スズキフロンテLC20 GT360 TypeⅡを入手。オリジナルのオレンジメタリックがヤレていたので、自分で赤く塗装した。真っ赤というのもなんとなくマヌケだったので、下半分を黒くしてみたらデトマゾ・パンテーラみたい(笑)に引き締まった。2ストローク3気筒3キャブのこいつは、37psもありかなり速かった。第三京浜でクラウン煽って遊んでた(笑)。
e0122501_16305462.jpg
チョーシこいてポルシェ911Sも購入。香港経由のRHDで、日本では珍しい2000ccのモデルだった。コレも自分で黄色く塗った。剛性の高いボディが特徴的だった。RRのクルマ2台体制の時期は長くは続かず、ポルシェを売り飛ばして、知人からフィアット131を譲り受けた。
e0122501_16392498.jpg
コレは友人に貸したら、電柱に突っ込んで廃車。そいつに弁償させたら、ムスタングを持ってきやがった。自分のシュミじゃないんだよなぁ… 2ヶ月ほど乗り、売却してしまった。フロンテ君はまだ乗ってた。



89年にユーノスロードスターが登場した。日本でもこんなクルマができるのかと衝撃だった。9/1の発売開始日にユーノス店にオーダーを入れた。納車まで半年待たされた。その間はずっとフロンテだった。ユーノスの色はもちろん赤。デイタッチャブルのハードトップも併せて購入。納車は翌年の3/31だった。
e0122501_16342594.jpg

ロードスターは、初めて自分で買った新車だ。シフトは気持ち良く決まるし、回頭性が頗るよく、お山へ行くのが楽しいクルマだった。テールハッピィな車といわれていたが、ウデのせいかそんな感じはしなかった。気に入って12万キロも乗ってしまった。フロンテ君は、千葉のフロンテクーペのマニアに譲ってしまった。

e0122501_16403436.jpg


短期間だが、友人と共同所有で、アウトビアンキ・アバルトA112も乗ってた。

miniとほぼ同サイズの車で非常に楽しかったが、そこいら中のサビと、デスビにオイルが回るトラブルに悩ませ続けられた。







当時、ユーノス店ではシトロエンを扱っており、なかでもBXは気になる存在だった。ハイドロニューマティックによるサスペンションシステムのすばらしい乗り心地、マルチェロ・ガンディーニによるエクステリアデザイン… 免許を取ってすぐに買ったアルファロメオを扱っていたお店に、シトロエンGSがあって、エンジンを掛けるとムクムクと車高が上がるのを目の当たりにして、もともとシトロエンには興味があった。ビックリドッキリメカ好きの心をくすぐるクルマなんだよなぁ。
試乗させて貰ったら、すっかりハマってしまった。「すいません、このクルマください」、と買ってしまったのが、このシトロエンBX19 16V。
e0122501_16442110.jpg
BXシリーズの中でも唯一DOHCエンジンの一番過激なヤツだった。ふふわ㌔くらいすぐ出た。ここから私は、ヘヘ(シトロエンのマークを称してそう呼ぶ)菌に冒されるようになってしまった(笑)。

ところがこのBXはよく壊れた(笑)。入手したのは中古で、購入価格と同じくらい修理代が掛かったと記憶しているが、完調なときの気持ちよさは、すべて帳消しに出来るほどだった。14万キロ乗ったところで、そろそろタイベル交換だなと思っていた矢先にタイベル切れでエンジンブロー(大泣)。仕方なく廃車にしました。


代わりに買ったのが、シトロエンの原点とも言うべき2CV。それも、赤/黒でおしゃれなチャールストン。オーバーライダーにボロ靴履かせていたから、よく指をさされた(笑)。大磯のジムカーナなどにも良く出場した。この車に乗ってから、クルマ関係の交友が広がったような気がする。
e0122501_16464553.jpg
コレは雑誌に掲載された写真↑。2CVは楽しいクルマだったなぁ。荷物は無尽蔵に載るし、クルマなんてコレで充分と思わせるものがあった。エアコンが無いくらいしか困ることが無かった。ジムカーナは楽しかったなぁ。フルバンクさせると、助手席からは路面が、運転席からは空しか見えない(笑)。でも絶対にひっくり返らない車だった。

e0122501_16485379.jpg結婚したのもこの頃で、ひょんなことからまたフロンテLC20 GC360を手に入れた。コレは、軽免許しかない八十歳代のお爺さんが乗っていたもので、車屋さんへ車検に出しているうちにそのお爺さんが亡くなってしまい、車屋さんが処分に困って抱えていたもの。走行はたった15000㌔で、室内にはまだビニールの保護カバーが被せてあったという奇跡みたいな車だった。一も二もなく譲り受けた。どんだけフロンテLC20好きなのよ(笑)。仏車のシートに慣れた体には、この頃の軽自動車のシートは酷い出来だった。たまたま手に入れたルノークリオのシートに無理やり換装した(笑)ら、素晴らしい乗り心地になった。この年式だと二点式シートベルトだったから、しょっちゅう止められたな(笑)。このフロンテLC20がどんな状態だったかは、ボディの映り込みを見れば分かると思う。再びわが家は2台体制だった。


そうこうしている内に子供が出来て、さすがにエアコン無しのプリミティブな車2台というのは辛くなり、フロンテを手放して、シトロエンAX14TRSを購入。
e0122501_16515274.jpg
コレは小さなBXというべき車で、バネの癖に乗り心地がふんわりとしていて、軽い車体と相まってキビキビと良く走った。異常なくらい燃費が良かった。街乗りで15~18㌔、高速だと20~22㌔は行った。唯一の欠点は、回転半径が大きかったこと。重ステだったから、狭いところの切り返しは苦労した。


2CVは、磨かないのがカッコイイという錯誤(笑)のもとに乗っていた。塗装が弱くて、最後にはサフェーサーグレー(笑)が顔を出した。ヤフオクで売却してしまった。

やがて子供も大きくなり、もう少し大きいシトロエンに行ってみたいと、エグザンティアに乗り換えることにした。入手したのは94年式初期型のSX。この車には衝撃を受けた。動力性能は凡庸だが、乗り心地と使い勝手が頗る良い。
e0122501_16532970.jpg
運転していて癒されたのは、この車が初めてだった。10万キロを超えてから13万キロで廃車するまでの間は、細かいトラブルが出始めて、車検を機に96年式SXに乗り換えることにした。エグザンティアに代わる車は、エグザンティアしかないのである。これは断言できる!!  一昨年7/30の日記にそのいきさつを書いている。
e0122501_16553825.jpg

この赤いのが二代目エグザンティア。コレは、マイミクさんから譲っていただいたもの。入手したては下血トラブルがあったものの、それ以後はノントラブルで、まことに優等生である。もしこのエグザンティアがダメになっても、次に買うのもエグザンティアなんだろうなぁ… ランチアにも心揺さぶられてるけどなぁ…

車に関しては、特に速くなくてもいい。乗り心地が安楽で、運転していて疲れなくて楽しい車がいい。荷物が沢山載って、イッキに距離を稼げる車がいい。そうするとやはり、シトロエンが一番自分に合っているような気がする。

ヘンな表現だが、シトロエンは、『速い低速車』なのである。
動力性能は決して褒められたものではないが、一旦速度が乗ってしまうと、それを保ったままいつまでも走っていたくなる。そんなクルマだ。
例えば、インテグラTypeRとエグザンティアの2台で、横浜から鹿児島までどちらが速いかを競ったら、間違いなくエグザンティアの勝利だと思う。



この中で、新車で買ったのはユーノスだけで、後はすべてフタケタ万円の中古である。金持ちじゃないからね(笑)。勘違いしないように。

ちなみに、私はカーオーディオに一切凝ったことは無い。エンジンと会話しながら走りたいから、カーラジオで充分である。車の中は雑音だらけだから、音楽は部屋で落ち着いて聴きたいタイプの人間だ。
凝っているのは、いままで所有したすべて車に、必ずエアホーンを装着していることだ。それも納車に日のうちに換装してしまう(笑)。

そう、エアホーンが大好きなのだ。
音を聴いてみたい人は、こちらのページとかこちらのページに飛んでみると良いです。


にほんブログ村 車ブログへ
にほんブログ村 車ブログ シトロエンへ
[PR]
by gauloi_taichou | 2009-02-20 17:00 | 車/バイク